もう一度、『ベートーベンウイルス』…はじまりの交響曲 1

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なし もう一度、『ベートーベンウイルス』…はじまりの交響曲 1

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 .3 .4 | 投稿日時 2013/5/25 20:41 | 最終変更
hiroko  レギュラー   投稿数: 53

  ソクラン

 

「こら!廊下を走っちゃダメでしょう!」 

 病院の廊下に仁王立ちで、はしゃいでいる子供たちをしかっている女性。

 ほっそりした姿には似合わない大きな声。

 怒っているが、自らも患者だ。

 トゥ・ルミ。

 「大人の言うことを聞かない子供は地獄におちるわよ。」

 「どっかで聞いたセリフだ」

ニヤニヤとゴヌが笑って現れた。若くハンサムな指揮者志望。

 手術を前に入院したルミに、マウスフィルの仲間からのメッセージを持ってきていた。

 明日、ルミは聴神経腫瘍の摘出を受ける。

 ルミ、ゴヌと仲間たちはこの年、オーケストラの夢に向かって進んできた。

 公演を成功させたが、ルミは聴神経腫瘍がわかって、自分はバイオリンを諦めた。

 だが、作曲という新しい目標に向かう決心をした。

 夢を見せてくれた指揮者カン・マエとの出会い。

 その、カン・マエもミュンヘンへ行ってしまった。

 今は市響の存続も危ない。

 「他人から見たらどん底だ。」だが、まだ諦めてはいない。

 自分達マウスフィルはいつもトラブルばかりだった。

でも、カン・マエはわたし達に示してくれた。

 『神は乗り越えられる者にしか試練を与えない。

 我々は神に選ばれた。我々が何者か見せてやりましょう。』

 何かを理由に夢を諦めないために。



 ルミが聴力を失った『その時』は突然のようであっけないくらい自然と訪れた。

その日、前の晩から降りはじめた雪がソクランの街を覆っていた。

雪が降ったソクランはいつになく静かだった。

 ドアを開けたルミは外気の冷たさに首をすくめた。

 その日、日が暮れても音はもどってはこなかった。

手術は目前だった。

 覚悟はしていた。

手術が近づくにつれ、耳鳴りが増しめまいもするようになっいたのが

『その時』が近いことをルミに伝えてはいた。

  夕方、ルミは独り部屋をでて、あのホールに向かった。

 カン・マエがミュンヘンに発つ前に、一緒に行った場所。

 あれからも、ルミはたびたび訪れた。

 だれもいないホールは母の胎内のようで落ち着いた。

 独り歩く公園からホールへの道。

あの時はカン・マエと歩いた。

 「楽器の音を良く聞いておけ。」マエが言った。

 「そして覚えろ。記憶があれば耳が聞こえなくても、頭の中で楽器を演奏させられる。」

 その言葉を支えに、聴力を失うまでルミはあらゆる楽器を聴いた。

 幼い頃から、バイオリンを習っているおかげで音感は発達している。

楽器の音が浮かべば頭の中で音楽を五線紙に書き起すことができる。

  言葉に、マエの思いを感じた。

 ルミは自分のバイオリンを持ってきていた。

 聞こえないがホールで最後に弾くつもりだ。

 ケースから出してみる。

 このバイオリンも手放す決心をした。 振り返らないために。

 誰かに使ってもらえればいいとも思った。

 本当の静寂のなかでバイオリンを弾いてみた。

 自分の音さえ聞こえない静寂。もう、弾くこともない。

 ルミは涙が出た。自分を哀れんでいるのか。悔しいのか。淋しいのか。

 作曲という目標が今の自分を支えている。

 今は泣くことを自分に許してやろう。

 もう耳が聞こえないことで泣くのは最後と決心しながら。

 

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