もう一度、『ベートーベンウイルス』…はじまりの交響曲5

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なし もう一度、『ベートーベンウイルス』…はじまりの交響曲5

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿.1 .2 | 投稿日時 2013/6/5 22:34
hiroko  レギュラー   投稿数: 53

ソクラン〜after an operation



手術は長かったが麻酔で眠っていたルミにはあっという間だった。

手術室から部屋に戻ったあとルミは夢を見た。

麻酔の影響だろうか?不思議な夢だった。


 

ルミは薄暗い部屋の隅にいる。何もない部屋。

ルミはひとり曲を作ろうとあせりの中にいる。しかしどうしても曲が浮かんでこない。

不安と焦りのなか、曲を作るがまるで雑音だった。

聴いていられない音がルミを襲う。激しい頭痛がおこる。

ルミはあまりの痛みに、その場に座り込んでしまった。

どのくらいうずくまっていたのだろう。

気がつくと、どこからか音楽が聴こえてきた。

それは不思議だが音を失っているルミの耳に小さな音から、次第に鮮明に聴こえてきた。

ルミは顔をあげ立ち上がり、音をたどった。

部屋には今まで気がつかなかったがいつのまにかドアがあった。音はそのの向こうから聞こえてきている。

ルミはドアのノブに手をかけた。向こうはコンサートホールだった。会場では今まさにオーケストラが演奏中だ。

それはベートーベンの第9だった。

それは自分達のあの第9の演奏会のような気もするし、そうでない気もする。

ルミは幸福に包まれた。ベートーベンの生み出した旋律がルミには力強く響いた。ルミは音に身をまかせていた。


 ふと、ルミは気付く。

自分の出てきたドアでない、もうひとつの小さなドア。中には誰かいるのだろうか?

あけるとそこには小学生くらいだろうか幼い少年がいた。

その小さな身体には無数の傷が血を流しているのがわかる。

少年は寒さに耐えるように、硬く腕を組み、身体を縮めて震えていた。

その姿は昼間あの婦人から聴いたマエの少年時代そのままだった。

『これは先生の子供の頃なの?』

根拠はないがルミは確信した。

ルミは思わず、少年の痛々しい身体を抱きしめて暖めようとした。

だが、ルミは少年に歩み寄ろうとするが、側によることさえできない。声も出ない。

少年にはルミの姿は見えないらしかった。

ルミは、なすすべがなかった。もどかしくて胸がかきむしられるようだ。

ルミは思わず膝をついて、こころのなかで叫んだ。

『あなたの場所はここじゃない。

あなたの未来はあそこよ。あなたの立つ場所はあの舞台の中央。指揮台の上。』

この音楽が彼に届けと祈った。

『どうぞ、負けないで』

ルミの祈りが聴こえたのだろうか、彼はゆっくり顔をあげた。

音楽を聴いているようにも見えた。あたりを見回すと、立ち上がりまっすぐドアに向かった。そしてゆっくりドアを開けた。


 夢はそこで醒めた。

目が覚めるとそこは病室の自分のベッドの上だった。ルミはまだボーっとする頭で考えた。

夢の少年はマエっだったのか?

目覚めたときには顔さえ思い出せなかった。ルミは夢を見ながら、泣いていたらしかった。

 だがルミは悲しかったわけではない。ルミにはわかっているから。

あれから彼は、あの部屋から確実に出て行ったのだ。自分の未来に向かって。



いつか先生に会うその時、言おう。

「わたし、先生の恩師に会いましたよ。」

きっと、その時先生は嫌そうな顔をするんだろう。

その顔を想像するだけでルミは愉快だった。

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