【記事】キム・ミョンミン「演技本座」じゃなくて 「ただの俳優」(8つの質問に答えるインタビュー)

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2021/6/19 17:18 | 最終変更
yuson  管理人   投稿数: 3026

CBSノーカットニュースのインタビュー記事をご紹介します<(_ _)>

ロースクールでの難しい法廷用語、視聴者に分かりやすく伝わるよう奥さまに聞いてもらったエピソード、
俳優キム・ミョンミンとして諦められない原則では早く現場入りする理由、キャラクターを作り上げていくプロセス、
などなど興味深いお話したくさんです^^

誰かが望むならもう1度このようなキャラクターをする意向はあるとおっしゃってまーす
是非見たいですよね〜^^

20年前にヤン教授がいたらロースクールに行く意向があると〜
ミョンミンさんが法曹人になっていたら...それは検事?弁護士?裁判官?
...どれもバッチリこなせて似合いそう...( *´艸`)

https://www.nocutnews.co.kr/news/5573213より

キム·ミョンミン「演技本座」じゃなくて 「ただの俳優」

俳優キム·ミョンミンの演技は間違いなく独歩的だ。 誰かはJTBC水木ドラマ「ロースクール」のヤン·ジョンフン教授が「ベートーベン·ウィルス」のカンマと違いはないと言ったが、事実上、こうしたキャラクターをキム·ミョンミンほど演じられる俳優は多くない。 

ロースクールのヤン·ジョンフン教授は法廷で最後の弁論を行う。 「予備法曹人に公正な秤による正義の判決は何かをはっきり見せてください。「自分の確固たる原則がありながらも本当に学生たちを思いやる、常に法と正義の間で激しく悩む、時には落胆してまた立ち上がる人間的な…。 

ヤン·ジョンフンになることを決心した瞬間から、彼の時間を築いてきたキム・ミョンミンでなかったら、このようにきめ細かで複合的な魅力は出にくかっただろう。 どんなキャラクターであれ、キム・ミョンミンは明らかな大きな幹の裏に隠された裏面を捜し求める。 演技生活を通して、そのようにキャラクターを構築してきた。 「ロースクール」が極めて現実的なドラマだったにもかかわらず、退屈しなかった理由はここにある。 

「演技本座」の修飾語を遠慮するキム·ミョンミンの顔は照れくさがるばかりだ。 ただ「俳優」なら十分だ。 キム·ミョンミンに俳優という言葉は甘い称賛ではなく、自分自身を手放す厳しい過程であると同時に証明もした。 このため「俳優」という呼称だけで、すでに胸がいっぱいになるしかない。 以下はCBSノーカットニュースがキム・ミョンミンとのインタビューでの一問一答。

 

 「ヤンクラテス」の立場で最も愛着のある学生は誰か?

みんなに愛着を感じた。 「朝鮮名探偵3」で初めて見た(キム)ボムの場合とても近くなった。 再会して改めて見るようになり、誠実に自分の任された分野で最善を尽くす姿がとてもきれいだった。 何よりもたくさん悩んだよ。 本当に素敵な俳優だという気がしたし、学生俳優たちのリーダーとして後輩たちを励ましていきながら現場を導いた。 人間的にも魅力があふれる。   

 

(リュ)ヘヨンは本人と少し違うカンソルA役を演じながら苦労をたくさんした。 心が痛かったが、それを全部乗り越えたのが本当に愛らしくてきれいだった。 どうしてヤン教授があれほど毒舌を振るいながらもカンソルAを自分の弟子に育てようとしたのか分かるような気がした。 その他に()ダウィなど彼らが一緒に集まっている姿を見ても演技に対するインスピレーションを与えた。 後輩俳優たちにも本当に感謝する。

  

ロースクール教授で法曹人だったため、講義や法廷で相当多くの法律用語が含まれたセリフ量を消化しなければならなかった。 ともすると弛むこともありドラマを退屈しないようにするために努力したところがあれば

 
 
まず僕が200%のその内容を理解して寝言を言うくらい覚えるしかない ヤン教授のように話せるように本当にぺらぺらと口につくように。 私自身も理解できない部分だらけだったが、1年間ずっと分からないことを見つけて判例を身につけてきた。 それなら、観客も理解しがたいということだ。 作家も、ヤン教授と、代理人を立てて、観客らに理解しやすく手助けする役割を与えたのだと思った。 それで妻の前でも台詞を言いながら、「私の言うことが分かるか」と聞き、もう少し分かりやすく伝えようと努力した。 「一度に理解させるのに自分の役目が重要だという責任感を感じた。


「ベートーベンウイルス」や「白い巨塔」でもそうだが、天才に近い専門職、そして毒舌キャラクターが特に代表フィルモグラフィに多いようだ。 実際にこういう作品の提案が たくさん入ってくるのか、それとも本人が 好んでいるからか?

 

 

 -好むわけではないが、周期的にこのようなキャラクターの依頼が入ってくるようだ。 正直に言って、最初はちょっと固辞しようとした理由の一つは難しく、ヤン教授のキャラクターが『カンマエ』に似ていたからだ。 語尾処理やイントネーションがあまりにも似ていて、どうしても他の方に変えようとしてもむしろぎこちなくなる。 その後、キム·ソクユン監督が参加することになってから、キャラクターを変えていくのはどうかと提案もしてみた。 逆に監督が「10年が過ぎたことだ。 多くの人に、あなたのそのような姿をまた見てほしい』という言葉に頷いた。 しかし、既視感の克服は私だけの課題だったので、努力した。 「カンマエではないか」という評価があったようだ。 結果論的に作品自体が好評で満足している。 あえて探してするわけではないが、誰かが望むなら、もう一度このようなキャラクターにする意向はある。

  

ダークヒーローを前面に押し出した痛快なジャンル物があふれている時期だ。 その間「ロースクール」は6%を超える視聴率で終わった。 「サイダー(スカッと爽快」よりはむしろ法の現実的な両面性が引き立つ作品だったようだ。 ヤン教授を演じた俳優として、どんな魅力が視聴者たちに通じたと思うか?

 

 -被害事実公表罪など現実司法問題を果敢にドラマに投影した。 敏感な素材であるにもかかわらず、一方に偏らず、これを考えさせ、参加した俳優たちでさえ、もどかしいが現実の部分を誇張されないが、共感して表現したのが最大の長所だと思う。 一つの事件で16回を引きずるのは難しい。 また、「最近のように急変する時期に、勉強しながら観なければならないドラマであるにもかかわらず、その真正性がアピールできたようで嬉しい。 まだそのような渇きを抱いている観客たちがいらっしゃるということを、大きく受け止めている。

  

 
長い間法曹界のヤン教授の姿を演技しているため、国内の司法体系や法曹界に対する考え方が変わったのではないか?


...医者
の演技をすれば、医者の立場で考えるようになるように、今回も同じだった。 そのような副作用ではない、副作用がある。 このドラマは「法は果たして正義なのか」という質問を投げ続ける。 法は正義の側に立てば限りなく正義だが、必ずしもそうではないのではないか。 法曹人に対する尊敬の念がありながらも、その苦情とジレンマが理解できる部分があった。 「正義」は、単に所信を持って真実だけを追求したからといって可能なものではない。 一方では、ヤン授のような真の先生がいたらよかったと思った。 成績があってこそ可能だが、20年前にヤン教授がいたなら、私も「ロースクール」に行く意向がある。

 
ヤン教授は自分だけの「原則」が確固たる人だ。 俳優キム·ミョンミンとして諦められない原則があるとしたら?


 
- 完璧な台詞の熟知と遅くても基本30分前に撮影場に到着。早ければ1時間も可能。 「なぜそんなに早く来るのか」と言うが、演技の50%は台詞熟知、そして残りは「現場の空気」だ。 空気には僕と呼吸を合わせる役者,スタッフ,監督が全部含まれている. この50%が急迫すれば、いくら台詞を熟知しても発揮できない場合が多い。 それができなければ、完全に滅びる日だ。 そしてキャラクター叙事をたくさん書く方だ。 手書きでノートにヤン教授の過去をさかのぼり、高校と中学校時代の想像の中の叙事を示す。 台本には載っていないが、大きなテキストの間のサブテキストを探していくのが大きな原則だ。 そのような叙事を書く過程があってこそ、よりヤン授に近づき、感情移入を完全に行うことができる。 


「演技本座」という修飾語を古くから持っている。 この修飾語が気に入っているのか、あるいは他の修飾語があるのか?

  

 その話はしないでほしいな (笑い)「俳優」キム·ミョンミンが一番いいと思う。 すでにその言葉に多くの意味が含まれている。 「俳優」という言葉は僕にくれる意味はとても大きい。 初めて私が演劇をする時教授が初講義に書いてくださった"俳優"という意味が記憶に残る。 俳優の「俳」は人に非をつけた. 人ではないという意味だ。 コップの役割をするとコップのように、猫の役割をすると猫のように動かなければならない。 私の名前の前に「俳優」という言葉がつくこと自体が私の役割を果たした光栄な呼称だと思う。 私は本当の「俳優」になりたい人だ。

  

現実的で真正性のある作品なので、「ロースクール」により愛着が多かったようだ。 それでも視聴者たちは、最近流行しているジャンル物の中の キム·ミョンミンの姿を見たがるんじゃないかと


 
--社会的な悪材料の中でジャンル物が溢れ出ている。 コンテンツトレンドが5-6年早まったようだ。 その中でも私は「ロースクール」のように正統性と真正性を追求するドラマが切実だ。 どうせなら、このような作品が多く制作されればと思う--すでにジャンル物やその他刺激的なドラマは多いのではないか。 私も時流に逆らうことはできないのでそのようなジャンル物も受けてみてるし、挑戦してみるつもりだ。 またはまったら抜け出せない魅力があると言うよ。 とにかく「ロースクール」のようなドラマは続けなければならないという考えだ。


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